学問の道しるべ(高校生数学)
日頃高校生に数学を教える機会は非常に多いのですが、教員免許状が「英語」である私にとってそれは本当に幸せなことです。教員を辞めて塾講師になって本当によかったなぁと思う瞬間です。学校現場では教員免許状に縛られて英語以外の科目は教えられませんからね。
さて、そんな中で生徒と相対していて一番強く思うことは、「高校の数学は9割以上は暗記科目である」ということを分かっていない生徒が多いということです。ちょっと語弊があるかもしれませんから、ここは詳細に解説していきましょう。
まず数学の世界には「事実」と「作法」があるのをご存じでしょうか。「事実」というのは地球上、いや宇宙のどこで誰が考えても同じになる、いわば数学界の「普遍の真理」です。例えば「9個のものから3個なくなると、残りは6個」みたいなものですね。これは数的感覚のある人ならば自力で思考することも可能だと思います。しかし数学は「先人たちの確立した学問」である以上、その数学的事実を書き表すための「作法」も存在するのです。これは「ルール」とも言えるもので、例えば先の例を「9−3=6」と書くときの「−」「=」などの記号がそれにあたります。厳密に言えば「9」「3」「6」などの数字もそれに含まれ、これはもう先人たちにならって覚えるしかありません。「自分は引き算はHで表すぞ」なんて言って勝手に「9H3=6」なんてやるわけにはいかないのです。ピタゴラスよりも2600年以上も遅れて生まれてきたのですから、どんなに頭のいい人も諦めて覚えるしかありません。そして「数学で暗記なんて邪道だ」なんて考え方を捨て、素直にこういった「ルール」を覚えることも数学上達の近道だと思います。
そこでその「ルール」の覚え方なのですが、どの「ルール」も必ず必要に迫られて作られているということを知って下さい。例えば「数を数える」という必要から「数字」ができ、「生まれたり死んだりするものを管理する」必要性から「足し算・引き算」ができたというようにです。だとすれば中学校や高校で学ぶ数学記号も、それなりに数学を「便利な物にする」ために生まれてきた物のはずで、決して「受験生たちを苦しめる」ために作られた物ではないはずです。だからベクトルにしても数列にしても三角関数にしても、なぜこのような記号や数式が生み出されたのかという根本を必ず理解した上で学んでいってほしいし、またそれを解説することが我々講師の仕事の一部だと思います。公式を暗記してしまうことはもちろん重要だと思いますが、このような「ルールの意義」を語らずに公式だけを追求するのはあまり上手な学習法ではないような気がします。
ax+b=y をxについて解く → これは加減乗除のみで x=(y-b)/a と答えられます。
x2=y をxについて解く → これは加減乗除の範疇では表せないので√という「作法」が作られました。
ax=y をxについて解く → これも新しい記号が必要 → x=logay と決定!
他にもsinθ、cosθ、tanθ、lim、Σ、∫など、その1つ1つが何らかの必要に迫られてできた数学記号であり、まずはこれらの記号が生まれた意図を理解して下さい。そして理解できたならばその後は納得して受け入れる(つまり覚える)しかありません。それができなければ、アルファベットも書けないのに英語を学ぶようなもので、高校数学を学ぶ人間としてスタートラインにすら立てないくらいの気持ちを持ってほしいと思います。これが私が「高校数学は暗記」と言い放つ1つ目の理由です。
では次に実際の問題を解く際の話に移ります。ここでもやはりある意味で「暗記科目だなぁ」と思わせられる話をします。数学という科目は元来、論理的思考力を養うことを目的とした科目です。つまり「感性」「感覚」というものを排除して、物事を筋道立てて考えていく、それが数学を学ぶ意義であり、社会人となってからも身につけておくべき姿勢だ、というわけです。そしてこのこと自体には何の反論もありません。
しかし、だからと言って、一高校生が自力で何かを「筋道立てて考え出せる」ほど甘いものではないのです。練習問題にあたるたびに「あぁこんな解法の糸口(戦法)があるんだ!」と感動(!?)しながら、1つずつ身に付けていくのです。初めて見た問題を自力で解けるはずがありません。それで「私って数学が苦手かも」なんて決して思わないで下さい。私は高校生時代、それなりに数学では高得点を維持していた方ですが、それでもまったく新しいパターンの問題なんてそうそう簡単には解けませんよ。すでに経験したことのある「何か」からヒントを得て解くしかない、そういった意味で高校の数学の大半は暗記科目なのです。
長篠の戦いを知っていますね。織田信長が武田勝頼を破った現愛知県新城市での戦いです。火縄の準備に時間がかかりすぎるため使い物になどならないと思われていた鉄砲、それを3グループの鉄砲隊に分けて有効に使いこなした末、信長は武田軍に勝利したわけですが、この「鉄砲隊」というアイデアを発想したのは長い歴史上、織田信長ただ1人です。現代を生きる私たちはほとんど全員この戦法について知っているとは思いますが、それは自分で考えついたのではなく歴史から学んだだけですよね!? 織田信長のような1000年に1人の逸材ならば話は別ですが、我々はそこまでの大きな器ではないでしょう(「鬼ころし」のCMを思い出して下さい。♪信長になってみたいけど〜、のCMです)。だとすればやはり、先人たちの知恵を1つずつ獲得して覚えていくことになるのです。
まずはたくさんの練習問題にあたって下さい。そして、最初はたぶん解けない問題が多いでしょうから、その時は投げ出さずに解答を見て、(もちろん納得した上で)その解答を覚えて下さい。細かい言葉尻に気を取られる必要はありません。ただ、その時に納得のできない式の変形があるのならば、絶対に目を背けずに質問に行きましょう。そういった質問がたまってきた時が、私たち講師の出番なのです。
「数学的センス」のある人は世の中にはたくさんいますが、「大して勉強しなくて数学がスラスラ解けていく」人は実際にはいません。傍目にはそう見えたとしても、実際は勉強しています。この私が言うのだから間違いありません。しっかり時間をかけて、数学の「作法」「解法」を暗記してほしいと思います。