第150回 浜村(鳥取県鳥取市)→御来屋(鳥取県西伯郡大山町)

平成28年2月5日 晴れ一時曇り 56.9㎞ 12時間0分

祝150回! 初50㎞超え!

 記念の第150回目の旅。振り返ると第100回の旅は平成16年だったので、約12年かけて50回を計上したことになります。ちなみにその第100回目は9時間40分かけて43㎞を歩きましたが、今回も節目の回にふさわしく、初めての50㎞超えのウォーキングになりました。

 実は50㎞を超えるウォーキングをするにはさまざまな条件がそろわなくてはなりません。
 まず第1に秋から冬であるということ。これは体力の問題で、夏場や春の暑い時期にはどうしても大量の汗をかくことになり、20㎞くらいが限界になってきてしまうからです。
 しかし冬場は今度は日没の早さが問題になってきます。暗くなってからのウォーキングが長いのは危険ですから、朝の早くから歩き出すことが求められます。50㎞を超えるには最低でも11時間半以上が必要です。よって第2の条件として、遅くとも朝5時台に出発できるような始発列車が運行している地域でないとダメなわけです。
 そして第3に天候。冬場といっても風がなく、そこそこの暖かさがないと長距離は歩けません。寒くては身体が動かないのです。
 さらに第4の条件としてコースに起伏が少ないこと。アップダウンが多いとやはり足に負担がきます。特にコースの後半にアップダウンがあるとつらいです。
 その他にももちろん当日の僕の体調、精神調、足の調子など、本当にいろんな要素が加味されますし、帰りの電車の時間、ホテルの場所によっても長く歩けないこともあります。

 今回はこれらの条件が本当にバチッと合いました。出発は朝5時50分。12時間歩いても夕方の6時頃ですから、まぁちょうど暗くなりきった頃です。そして山陰鳥取の冬としては珍しく穏やかな天気。風もなく、雨の心配もない。よって傘も持たずに手ぶらで歩けました。コースも鳥取平野の真ん中で、砂丘に沿って歩けるゆったりとした海岸沿い。アップダウンもありません。体調も完璧! ホテルも鳥取駅前なので帰りの電車の心配もいりません。そして節目の150回、とくれば、意気込んでしまいますよね。

      

 ご覧のとおりの5時50分の浜村駅です。やや寒いものの、空気がきれい。国道にはしばらく出ずに、旧道に沿って静かな夜のとばりの中を歩き始めます。長大ウォーキングへの第一歩です。30分ほどで国道に合流して、海沿いに出ました。

 ここからは少しだけ坂道になります。魚見台と呼ばれる見晴台に上ると、眼下に明け方の浜村港。東の空が少しだけ明るくなりかけ、今回も枕草子の「やうやう白くなりゆく山ぎは紫立ちたる雲の細くたなびきたる」光景を楽しむことができました。暗いうちから歩き出すと、この明るくなりかける一瞬がたまらないのです。ちなみにほぼ同じ視点から撮った下の2枚の写真ですが、左は6時35分。右は6時40分です。たった5分でこれほど変わるのが早朝独特の光景なんですね。幻想的です…。

    

 だいぶ明るくなった頃、長かった鳥取市を抜けて湯梨浜町へ。相変わらず風景は右手に日本海、左手に山、ですが、この湯梨浜という町の名前、本当にきれいですよね。温泉と梨と海。まさにその名所をそのまま表していてしかもこの音の響きの美しさ。うらやましいです。湯梨浜町に入ってすぐの海沿いの地点が、スタートからのトータル3650㎞ポストとなりました。

          

 さて、さきほど湯梨浜町には温泉があるということを書きましたが、町内には有名な温泉が2つあります。1つは松崎温泉。こちらは内陸にあって、今回の僕のウォーキングではまったく通りませんでした。JRには倉吉駅の1駅手前に松崎駅があるので、一度は訪ねてみたいとは思っています。

 そして町内にあるもう1つの温泉は…羽合温泉。読み方はもちろん「はわい」。いや、どうしても海外の某観光地を想像してしまいますよね。さすがに「ハワイ」ってカタカナで書いてあったらパクリ疑惑発生ですが、まぁひらがな表記だからいいか…と思っていたらありました。見つけてしまいましたよ!

          

 はい、これはもう確信犯でしょうね。いやしくも雪深い鳥取が「南国」ハワイを名乗ってしまうとは…。でもこれから「新婚旅行はハワイで」というフレーズ、使えるかも知れないな、と思いながら歩を進めていきました。相変わらず今日は暖かい。

 ハワイ、いや羽合を過ぎると、湯梨浜町から北栄町に入ります。今回のウォーキング、鳥取県中央部にある倉吉市はまったく触れませんでした。僕は海沿いをずっと歩いていましたから、倉吉市はギリギリ日本海には面していないということなのですね。初めて知りました。

 北栄町の北条海岸は長くて単調です。防砂林もあるので海もなかなか見えません。ウォーキングにとってこの「単調」というのはくせ者なのですが、この北条海岸には助けがありました。おびただしく並んだ風力発電機。クルクルまわるのを見ていると飽きませんね(写真左)。あまりに近いとちょっと怖かったりするのですが、距離はほどほどに離れているので、歩いている僕の目をいやしてくれます。ただ時折ドライバーの目もいやしてしまうみたいで、脇見運転が多発するみたいです(写真右)。頼むから歩行者の僕に突っ込まないでね。

      

 ここらで時間も12時をまわりました。道の駅「大栄」にてちょっと昼食。何を食べようかなと思っていると、目の前に立ち食いのそばが! 実は長距離を歩くときのもう1つの条件として「なるべく座らない」というものがあるのです。一度座ってしまう(しかも暖かい場所で)と膝が曲がった状態で固まってしまい、ウォーキングの後半に影響が出てきてしまいます。今回はこの立ち食い昼食という条件までピッタリとはまったおかげで50㎞超えのウォーキングになったのでしょう。

 昼食後、冬とは思えないあまりの暖かさに調子づいてしまい、スイカソフトクリームまで食べてしまいました(写真左)。梨ソフトもあったので、非常に迷ったのですけどね。まぁそちらは今度車で距離を実測しに来たとき(ゴールデンウィークくらいかな)に食べてみようと思います。ここ旧大栄町は「名探偵コナン」の作者である青山剛昌先生の出身地ということで、駐車場の隅に江戸川コナンが立っていました(写真右)。

      

 ここからウォーキングも後半戦。山陰自動車道の大栄東伯ICを過ぎる所から、いったん国道と離れて県道へ入ります。車もほとんど通らないのでホッとします。ここからは琴浦町。

     

 写真でも分かるかと思うのですが、この時にわかに空が曇ってきました。予報では降らないって言ってたのに、一雨来そうな予感…。結果から書くと一雨は来ました。雨と言うより霙(みぞれ)かな。やっぱり雪国の冬の天気予報は当てにならないなぁ。それでも傘が必要となるほどではなかったので助かりました。霙がやむと再び空は青空にもどりました。

 この琴浦町の集落では素敵な物を見つけました。お年寄りが多い集落なのですが、家々の軒先に黄色い旗が立ててあって、町内会の方がその旗を回収しているところでした。旗を見てみると…

     

 そう、この旗は、住んでいるお年寄りが毎日決まった時刻になると家の軒先に立てるものらしいです。そして町内会の方が、生存を確認(!?)しながら回収していく。う~ん、いろいろ考えさせられますが、何だか人間臭のある、いい光景を見せてもらいました。

 ウォーキングは赤碕を過ぎて再び国道9号線に合流。下見の計算ではこの辺りが40㎞地点くらいのはずなのですが、まだそれほど足は傷んでいません。ふと左を見ると雲に隠れた大山(だいせん)。きれいな姿は見せてくれませんでしたが、大山は伯耆(ほうき)の国ですから、いつのまにか僕は鳥取県の西部に入っているのでした。砂丘も大山も眺められて、幸せな旅をしているなぁ…。

         

 太陽は西へ傾き、だんだんと暮れなずんでいくのが分かります。時刻は午後5時前。もうすぐ歩き出しから11時間が過ぎようとしています。よし、今回のウォーキングはもう1駅先までにしよう。地図で見るとあと4㎞くらい。だいたい1時間という計算です。夕陽に向けてラストウォーク。頑張れあと一息。走れメロスも日没に向けてこんな感じだったのでしょうかね。

     

 ふと右を見ると暮れゆく日本海が遠目に見えて(写真左)、今日一日の風景が頭に浮かんできます。すごい快適で充実した旅だったなぁ…。実はちょっといろいろと悩んでいることもあって、それらを頭の中で整理しながら歩いていたのですが、この12時間ウォーキングで、解決が導かれた問題もあります。解決まではいかなくても腹に決めたこともあります。今回の第150回鳥取県ウォーキングは、記録としても記憶としても、きっと後々まで心に残る旅となるような気がします。出発した朝方と同じく夜のとばりに包まれながら、午後5時50分に御来屋(みくりや)駅に到着(写真右)。節目の旅、ここに完了!

     

 御来屋駅は山陰本線最古の駅舎を誇る駅です。駅舎内には懐かしい手荷物(チッキ)の料金表なども残されていて(とは言っても僕はその国鉄時代の記憶はありませんが)、昭和の空気を感じながら3分遅れの帰りの電車を待ったのでした。

               

 次回からはまた第200回に向けてスタートします。旅に終わりはありません。鳥取県の北西の端、水木しげる先生のふるさと境港で、妖怪たちに出会えることを楽しみにしています。

 


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