第10回 守山(滋賀県守山市)→甲西(滋賀県甲賀郡甲西町)

平成11年3月9日 曇りのち雨 13.8q 3時間0分

帰り道の寂しさ

 旅行って準備する段階が一番楽しいですよね(って昔「ちびまる子ちゃん」も言っていました)。そして出発する時に、楽しさは極限に。…でもって帰途に着く時は何だか寂しくなって…。

 前回の旅日記に書いたように、滋賀県守山市に到着したところで、いったん地元豊川市へ向けて戻っていくことになりました。今までは家から一歩ずつ遠ざかっていたのにここからは一歩ずつ家に近付いていく。何だか寂しい気持ちになります…。ただそれは、帰る家があるという幸せな状況の上で感じられる「寂しさ」なんですけどね。しかしこの旅日記の第1回目のスタートを切った名古屋市昭和区の下宿はすでに引き払う手続きが済んでいて、今はもう豊川の実家の方に向かうしか、帰る場所はありません。何だかさらにもの悲しい…。

   

 輪をかけるように今回の天気はスタートの段階からどんよりと曇り。まずは守山駅から国道8号線に向かって進んでいきました。1時間も経たないうちに国道8号線には到着したのですが、ここまでの道のりは苦しかった。というのは…

 季節は3月。曇っているとはいえ、3月は…。そう、花粉症の季節です。まだ少し早いかなと楽観視していたのが大間違いで、歩き始めとともにくしゃみの嵐。これは辛い。…そんなわけで歩き始めてたった1時間でかなり体力を消耗してしまい、国道8号線との交差点にある吉野屋で牛丼を食べて軽く一服しました。ウォーキングの途中の食事というのはどうしても「手軽」「安い」「座れる」といった店を選んでしまうので、吉野屋なんかは非常に利用頻度が高いことになります。

 この辺り(栗東)は、旧中山道と旧東海道が京都に向けて合流する地域です。よって交通の要所であり、北陸から走ってきた国道8号線と旧東海道に沿って走ってきた国道1号線もここで合流することになります(ちなみに2つ以上の国道が合流すると、番号の若い方の国道番号のみが表示されることが多いですが、国道自体は重複区間として2本とも終点まで存在し続けます)。今回僕が歩いた道は、8号線と1号線が合流する直前の場所だったので、2本の国道がすぐ近くを並行して走っています。よって国道8号線を横切るとすぐに国道1号線も横切ることになりました。そして、その国道8号線と国道1号線との間の短い県道が、スタートからの150qポストになりました。

 ここからはほぼ国道1号線に沿うかたちで愛知県まで戻っていくのですが、やはり国道1号線というだけあって交通量もかなり多く(しかもこの辺りの国道1号線は片側1車線)、できる限り脇道を歩きたいものです。そんなわけで1本南側を走っている県道の方を歩くことにしました。JR草津線を横切り、目星をつけておいた県道の方へ入っていくと、やはり交通量はかなり少なめ。時折車は来るものの、1号線と違って大型車がめったに来ないのが嬉しい。やはりウォーキングするなら田舎道に限りますね。

 ところで旧東海道の中でも栗東から名古屋までの区間はJR東海道本線は通っていません。歩いた頃は高速道路も通っていませんでした(今は高速道路は開通しています)。代わりにどちらかと言えばローカル線であるJR草津線、関西本線が走っています。「東海道本線」というからには旧東海道を忠実にトレースしているはずなのに(ちなみに国道1号線の方はほぼ忠実に旧東海道をなぞっています)、これは何なんでしょう。

 推測するのは、地元の宿場町が鉄道の建設に反対した、という理由。もちろん調べた訳じゃないので分かりませんが、やはり旧東海道の宿場町としての面影を残したいということで、国鉄時代に沿道の町や村が鉄道敷設に反対したのではないでしょうか。その結果、地域が時代から取り残され、鉄道の必要性を痛感し始めた頃には時すでに遅し。結局ローカル線しか通してもらえず…。

 すべて僕の憶測です。仮に理由が当たっていたとしても、沿線の宿場町は今でも東海道本線を通さなかったことを後悔していないのかも知れません(実際にとても素敵な面影を残した町並みが随所に残っています)。が、このようないきさつを持つ町は別にここだけではなく、何を隠そう僕の地元豊川市の御油町も、こんな理由で宿場町であるにも関わらず東海道本線のルートから外されてしまったという歴史があるらしいのです。現在、東海道本線は山向こうの蒲郡市を通り(蒲郡市は旧東海道とは関係ないのに!)、御油町は私鉄である名古屋鉄道が走っています。もちろん名鉄だって立派な鉄道だし、僕は赤い電車大好きですが、東海道本線のルートから外れたことだけは残念でなりません(ちなみに御油町が東海道本線のルートから外れた理由は僕の憶測ではなく、小学校の時に社会の授業で習ったものです)。

 さて話はそれましたが、今回のウォーキングは宿場町である石部宿を越えた辺りからついに雨が降り始めてしまいました。しかも非常に準備が悪いことに傘を持っていない。というわけで、その次の駅、甲西(こうせい)駅まで少し早足で歩き、今回はそこを終着地点としました。しかし本当はもう少し先まで行く予定だったので、その分を取り返すべく次の回の旅がとてつもなく長距離ウォーキングになってしまいました。それはまぁ次回の旅日記で…。

 甲西町は滋賀県甲賀郡。「忍者ハットリ君」に登場するケムマキ君の出身地「甲賀忍者の里」はここから少し山あいに入った所にあります。そしてその向こうにはハットリ君の出身地でもあり、この旅日記とも非常に関係の深い松尾芭蕉の生誕地でもある「伊賀忍者の里」があります(伊賀はもう滋賀県ではなく三重県です)。

 次回は鈴鹿峠を越えて、いっきに三重県に入ります。


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