第101回 高山(岐阜県高山市)→飛騨古川(岐阜県飛騨市)

平成17年3月30日 晴れ時々雪 16.5q 4時間10分

吹雪に向かって…

 高山をスタートする第101回目のウォーキング。その昔「101回目のプロポーズ」というドラマがありましたが、「101」という数字には「数え切れないほど多い」という意味が含まれているそうです。その「101」回目までとうとうやって来てしまったのですから、1回1回の積み重ねの大切さを教えられますね。

 高山からはJR高山本線に沿って富山まで北上します。高山から富山に至るこの街道は(厳密にはJR高山本線とは少しだけ異なりますが)、かつて富山の東岩瀬港で水揚げしたブリを信州に運ぶための「ブリ街道」と呼ばれていました。最近になってこの街道はノーベル賞の日本人受賞者12人のうち、4人(白川、利根川、小柴、田中)と関係が深い街道であるという理由から「ノーベル街道」とも呼ばれるようになったようです。さらにブリは代表的な出世魚であるということから、現在ではこの街道は「ブリ・ノーベル出世街道」と呼ばれています。

 3月の終わりとは言っても非常に寒い一日でした。しかもこの日は青春18切符を使って高山までやって来たのでした。こう見えても(!?)僕は鉄道ファンでもあるので、青春18切符は旅の必須アイテムです。しかし、ご存じの方も多いでしょうが、この高山本線は名古屋方面からやって来る人にとって青春18切符が非常に使いにくい路線なのです。なぜかというと、高山本線の始発駅である岐阜駅を出発する普通列車(特急列車は青春18切符では乗車できません)は早朝の6時台! しかもこの列車を逃してしまうと次の普通列車は何時間も後になってしまい、午前中に高山に到着できなくなってしまいます。岐阜を6時台って事は(当時住んでいた)祖父江を5時台に出発!! いや〜、考えただけでも辛そうですよね…。

 でも頑張って乗りましたよ、この電車に。まぁ乗ってしまえばあとは高山まで4時間ほどず〜〜っと眠っていてもいいわけですから、もうこっちのものです。とは言うものの、鉄道好きな人間は車窓を見逃すのがもったいなくてなかなか電車の中で眠ることはできないのですが…。この日も岐阜駅で買った朝食を食べながらも、高山まで延々と車窓を楽しんでしまいました。

 高山に到着したのは10時過ぎ。すぐに出発です。今のところ雪は舞っていませんが、いつ降り出してもおかしくないような灰色の空。とにかく先を急ごう!!

 しかし高山の町並みをまだ抜けきらないうちに、早速白いものが空から落ちてきました。雪中歩行は第69回の旅以来、32回ぶりです。雪はどんどん激しくなり…。でもまぁ歩きにくいほどの雪ではなく、そのうち慣れるだろうと今回はやけに楽観視して歩を進めました。

 2時間ほど雪は強まったり弱まったりを繰り返していましたが、昼にもなったのでここらで体力を付け直そうと国道沿いにあった洋食屋さんに入りました。ここは一つ、暖かいカレーでも食べるとするか!! ここの店のカレーは非常に変わっていて、ランチ風のプレートにライスがドーナツ上に盛ってあり、そのドーナツ上の真ん中にカレーのルーが注いでありました。なるほどこうすれば同じ皿に盛ってあるサラダなどにカレールーがかからずに済みますよね。しかもなかなか味もおいしかった!!

 さぁ満腹になって仕切り直し。飛騨路をさらに北上していきます。とここで、今までにないほどの黒い雲が広がってきて…。ヤバイ。今度こそ吹雪きそうだ。

 あっという間に予測通りのものすごい雪が吹雪いてきました。しかも逆風に乗って歩いている正面から雪はぶつかってくる! これはツラい! でもここまで来たら進むしかないのだ!! 

 結局この吹雪は40分ほど続きましたが、その後はしっかり晴天が戻り、桜野公園(桜にはまだほんの少し早い季節でした)辺りで国道から宮川対岸の県道へ入ると、あとはゆったりとしたウォーキングを楽しむことができました。飛騨国府駅から飛騨古川駅までの県道は、昔の趣を残した町並みになっており、何だかあっという間に到着してしまいました(でもこの両駅間で高山市から飛騨市に入っています)。

 今回は飛騨古川駅が終着地となりました。次回はさらに高山本線の旅を楽しんで、坂上駅に到着します。



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