第146回 木津(京都府京丹後市)→竹野(兵庫県豊岡市)
平成27年4月30日 晴れ 29.5q 6時間40分
山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
ゴールデンウィークの真ん中ということもあり仕方のないことなのですが、4月30日という日付にウォーキングを行うのは4回目になります。第102回(平成17年)、第112回(平成20年)、第115回(平成21年)に続いての今回(平成27年)なので、この10年のうち4回は4月最終日をウォーキングに費やしていることになります。
さて前回の終着地である木津温泉駅を出発しようと思ったのですが、ここでいきなりのハプニングです。下の左の写真が前回のウォーキングの最後に写したもの(再掲)で、右の写真が今回写したものです。横と縦のサイズは違いますが、駅舎の違いが見つけられたでしょうか?
そう、この1ヶ月強の間に駅名が変わってしまっていたのです。変わったのは駅名だけではありません。4月1日から運営が「北近畿タンゴ鉄道」から「京都丹後鉄道」に変わってしまったのです。身売りをしたというのが分かりやすいかも知れません。何しろ日本一の赤字路線でしたからねぇ。そこで新たな運営会社は駅名も愛着のあるものに次々と変えていったようです。ちなみに以前の「北近畿…」は愛称としてKTRと名乗っていましたが、それは新しい会社も引き継いでいるみたいです。頭文字同じですからね。
さて上の右側の写真は実は午後から撮り直したもので、実際の今回のウォーキングの出発時刻は午前4時50分という「ちょっと明るくなりかけたかな」という時刻でした。だから実際の出発時の駅舎は下の左の写真です。駅名標、読めませんよね。ちなみにここから10分も歩かないうちにカニのモニュメントを見つけたのですが(下の右の写真)、こちらはもうすでにかなり明るくなっていました。この時間帯の10分の違いってとても大きいですよね。こんな事も大自然の中を歩いているから発見できることだとちょっと自慢げです。
京都府もかなり北まで上ってきました。夕日ケ浦と呼ばれるこの地域には久美浜湾という内海があります。「内海」と書きましたが実は久美浜湾はもともと日本海でした。そこに徐々に砂嘴が堆積して、今はもう日本海とは途切れてしまっています。この砂嘴の堆積方法は前回歩いてきた天橋立と同じです。ただスケールが少し小さいかな、と。そこでここ久美浜湾の北に細く連なる砂嘴は「小天橋(しょうてんきょう)」と呼ばれます。まさに「小さな天橋立」ですね。防砂林が延々と続いていて、今回のウォーキングはまずこの中を歩くところから始まります。
ようやく太陽が力を発揮する頃、前方に久美浜湾が見えてきました(下の左の写真)。そして下っていくと久美浜湾とご対面。細い砂嘴だけあって、こんなに近くに湾を眺めながら歩けます(下の右の写真)。徐々に暑くはなってきましたが、海風があって非常に心地よい。民宿の庭では小学生が縄跳びの練習をしていました。
久美浜湾を眺めながら歩くこと約1時間。ここで湾とは別れて、兵庫県との県境をなす峠へ入り込んでいきます。長かった京都府ともいよいよ最後の時が近付いてきました。河内(かっち)という集落から細い峠道が伸びています。下の写真に写っている親子(朝の散歩中だったようです)が僕の出会う最終の京都府民になりそうです。ちなみに親子が歩いていこうとしている道がこれから僕が進む道です。
三原峠へ向かうこの道は、距離こそ2q程度でそれほど長くはありませんが、人の気配はまったくないワイルドな上り坂です(下の左の写真)。車の往来もほとんどありません(実は峠へ向かう道は別の登り口からもう1つあって、そちらがメインの県道なのです)。黄色と黒の小さな虫がブンブンと上空を飛んでいます。蜂ではないみたいです。こちらが先制攻撃をしなければ特に向かってくる様子もありません。30分もしないうちに無事に峠に到着しました。ここが京都府の最西端、ここから僕にとっての19個目の都府県となる兵庫県に入ります(下の右の写真)。第140回の旅で、大津市から入ってから延々と歩いてきた京都府。あの京都市内の三条大橋とはうって変わって、まったく人の気配もない山の中です。
兵庫県に入っても雰囲気はあまり変わりません。相変わらずワイルドな大自然の中です。京都府側と違うことと言えば、峠を越えたので下り坂になったことと、道にセンターラインが出てきたことくらい。黄色と黒の虫はずっと頭上にいます。ま、虫にとっては県境なんて関係ないですからね。
虫と言えば、この季節には毛虫も多く見かけます。頭上から降ってくるとなると毛虫もちょっと怖いですが(でも肩の辺りに落ちてくる事って結構あるらしいですね)大体において道路を横断中です。せっかくなので一枚撮影してみました。確かに見た目は気持ちいいものではないし、たぶん触れば刺されたりするのでしょうけど、よく観察すると動き自体は結構かわいかったりします。どちらに進もうかキョロキョロしながら考えているところとかね。まぁでも飼いたいとは思いませんが…。
1時間ほど歩くと次の峠が目の前に立ちはだかります。今度の峠は飯谷(いいや)峠。この峠を越えると有名な温泉街である城崎があります。そう、あの号泣会見で話題になった兵庫県議会議員の野々村さんが1年のうちの100日以上訪れていたことで有名になった所です。しかし城崎から4qしか離れていないというのに、ここで鹿の親子に出くわしました。しかも大声で鳴かれました。鹿の鳴き声、本物は初めて耳にしました。「パオ」って感じです。きっと子鹿に「危ないぞ、逃げろ! 不審な人間が来たぞ!」とでも言われていたのでしょうね…。
百人一首の藤原俊成(選者の藤原定家の父です)の歌に「世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる」とあります。この世の中には悲しみから逃げる方法など無い、悲しさを忘れるため踏み入ったこの山の中でさえ鹿が悲しげに鳴いているよ、という歌です。しかし僕にとっては鹿の鳴き声の捉え方は少し俊成とは違います。僕の旅は確かに日常を忘れるためのものであるものの、鹿の鳴き声は僕の気持ちをさらに非日常へと誘(いざな)ってくれました。
峠を越えるといよいよ久しぶりに人間のいる街並みが見えてきます。円山川が目の前に横たわっていて、重量制限のある橋でこの川を渡ります。この円山川も非常に水量の多い川です。
城崎は兵庫県北部にある大きな温泉地です。前述の野々村議員のおかげで最近観光客が増えたらしいです(笑)。僕のウォーキングも久しぶりに活気のある駅を通りました。また温泉街もいい雰囲気のもので、Tシャツ姿で汗をかきかき歩いている僕は少し浮いていたかも知れません。でも仕方ないですよね、歩くコースには山も谷もあれば、大都市もあれば、こういった観光地だってあるのですから…。こういういろんな空気を体感できるのが、単純な登山などとは違う僕のウォーキングの醍醐味なんですけどね。あ、別に登山をバカにしているわけではありませんよ。
2qほど続いた温泉街が途切れると、再び山道が始まります。ここから先は今回歩く3つ目の峠、鋳物師戻(いもじもどし)峠に向かって再び上っていきます。
ところで、城崎と言えば、本来は野々村議員よりも触れなくてはならない人物がいます。それはもちろん志賀直哉。その小説「城崎にて」は高校の教科書にも採用されたくらいの有名な短編小説(というかエッセイ)です。山手線にはねられた筆者がその療養のために3週間ほど訪れた城崎。桑の葉がはらはらと落ちるのを眺めながら人生を考えたり、沢辺でたまたま投げた石がイモリに当たって死んでしまい、たまたま助かった自分と比べて「命」というものを考えたりする、短いけれど奥の深い文学です。街並みから少しはずれた所に、そこに登場する桑の木が立っています。
さらに歩いている足下にはトカゲを見つけました。イモリではありませんが、志賀直哉は作品中でトカゲやヤモリについても触れているので、あまり関係ないとは思いながらも写真に収めておきました。今回は毛虫やらトカゲやら、嫌いな人にとっては気持ちよくない写真が多いですね。
30分ほど歩くと鋳物師戻トンネルに到着。ちょっと変わった名前の峠ですが、その昔、峠にあった巨岩が今にも落ちてきそうな不安定な状態で、それを見た鋳物師が怖がって戻っていってしまったという言い伝えに由来するようです。まぁ名称を聞いた時点で何となく予想はできましたけど…。ちなみにその巨岩はトンネルよりももっともっと上の峠にあるそうなので、僕のウォーキングでは目にすることはできませんでした。僕にとっては巨岩なんかよりトンネルの方が怖いです…。
この辺りは不法投棄が多いらしく、「捨てるな」という看板だけでなくパトカーや白バイが定期的に見回っているようでした。この日も何台かのパトカーに出会いました。向こうは僕のことを不審者だと見ているかも知れませんが、一人で歩く立場としてはパトカーを見かけるのは少し心強かったりします。
峠を下り終わるとようやく竹野の平野に出ます(下の左の写真)。今回は3つの峠を越えたので、最後の峠を下りきったのだなぁという安心感を感じます。竹野は山陰を代表する港町。橋の欄干には錨のモニュメントがありました(下の右の写真)。
予定通り、今回のウォーキングの終着地は竹野駅。峠の向こうの城崎駅からはたった1駅ですが、いろんな意味でガラッと変わります。まずは、山陰本線の電化が城崎駅までだったということ。京都から走ってくる特急「きのさき」も城崎駅が終点ですから、もうこの竹野駅は電化されていません。走ってくる電車もディーゼルだけです。つまり架線がないのです。これは前回歩いた天橋立駅も同じだったので、そこでも紹介しました。
そしてもう1つはこの竹野駅(実際にはこの竹野駅を過ぎてすぐ)が、京都を出た山陰本線が初めて日本海と出会う所だということです。城崎までしか乗ったことない方は、せっかく山陰本線に乗っているのに日本海を見ないという非常に残念な事をしています。ぜひもう一歩足を延ばして、海を楽しんでみましょう。ただしこの竹野駅から運行列車の本数はグッと減りますのでお気をつけて…。
次回は久しぶりに日本海と対面して、さらに西へ向かいます。鳥取はまだまだはるか彼方です。