第30回 十島(山梨県南巨摩郡南部町)→市之瀬(山梨県西八代郡下部町)

平成12年1月30日 晴れ 31.6q 7時間20分

人の見える秘境駅

 時節はもっとも冷え込む厳冬になりました。早朝から歩き始めるには夜中のうちに車で家を出なければならないので、寒さもさらに身にしみます。今回も出発地の十島駅に着いたのは朝6時過ぎ。車の温度計(外気)は4℃。でもコートを着て歩いていると、これくらいの温度が、ある意味適温です。

 出発時刻は7時20分。コートを着込んで、朝のきれいな空気が包む富士川左岸を歩き始めました。すぐにスタートからの550qポストを通過しました。今回はとにかくひたすら、富士川左岸を歩き続けることになります(ちなみに河川は河口に向かって左岸・右岸を決めるので、今回の旅のように川を逆流して歩く場合には向かって右側が左岸になります)。

 富士川は、その源流を山梨県・長野県の県境にある鋸岳(のこぎりだけ)に端を発します。甲府盆地の中央で笛吹川(ふえふきがわ)と合流するまでは釜無川(かまなしがわ)と呼ばれます。この川の由来には諸説があり、流れが速いので釜(鍋)を洗っていると流されて無くなってしまう、という由来を主張する文献もあれば、とにかく絶えることなく流れる「隈無し(くまなし)」から音が変化した、という説もあります。そして増穂町辺りで2つの河川が合流してからは富士川となり、中流で早川(日本で2番目に高い北岳から流れ出る)、下流で芝川(1番高い富士山から流れ出る)を合流し、静岡県で太平洋に注ぎます。そんな意味では日本でもっとも標高差のある河川かも知れません。

 富士川についてもう1つ。この河川、本当の読み方は「ふじがわ」ではなく「ふじかわ」です(JR身延線にも「特急ふじかわ」が走っています)。静岡県を流れる4文字の河川の法則として「2音目が濁れば3音目は濁らない…例:安倍川(あべかわ)、芝川(しばかわ)など」と、逆に「2音目が濁らなければ3音目が濁る…例:掛川(かけがわ)、菊川(きくがわ)など」というものがあります。この法則を見る限り、富士川はやっぱり「ふじかわ」なのでしょうね。でも歴史上では1180年に「富士川の戦い(ふじがわのたたかい)」が起こっていますが…!?

 最近「秘境駅」なるものが話題になっていますが(人ごとのように書きましたが僕も興味はありますけど)、このJR身延線には「秘境駅100選」にランクインしている駅が2駅あります。それは十島駅と身延駅の間にある、井出駅と寄畑駅。この2駅は確かに周囲に民家はない。しかし決して山奥にあるわけではなく、前述した富士川のほとりにあります。いや、ほとりと言うよりは富士川に接していると言った方が正確かも知れません。別に閉鎖空間にあるわけでもなく、(僕が知っている)他の秘境駅とは趣が違います。

   

 結局、この富士川にはほとんど橋がかかってないので、集落とは反対岸にあるこれらの駅はどうしても秘境駅になってしまうのでしょうね。向こう岸には家も車も店も人もいっぱい見えるのに秘境駅だなんて、何か不思議な感覚です。寄畑駅のトイレで用を足していると、車が一台到着。学生が一人下りてきて、ホームへ向かっていきました。こんな風に車を使ってでもこの駅を利用する人はいるので、秘境駅とは言えこの駅の価値を感じることができました。

 途中、ちょっとした峠を越えると(坂になっているかな、というだけです)身延町に入ります。ここは右手の身延山の頂上付近に日蓮(にちれん)創設の久遠寺(くおんじ)があり、参拝に訪れる老人たちがたくさんウロウロしています。身延駅の正面はいくつかの店も並び(ほうとう料理のおいしい店もあります)、身延山と富士川の間のあまり広くない平地とは言え、他の駅に比べるとそれなりのにぎわい(まぁ、にぎわいというほどではないですが)があります。

   

 しかし身延駅を過ぎるとすぐに人の姿はなくなり、また僕は寂しい一人旅に戻ります。身延駅の次の駅は塩之沢駅。ここも寂しい駅ですが、秘境駅というほどではなくほんのちょっとの家もあります。それにしても「塩」というのは海でとれるもの。海のない内陸の山梨県に「塩」の付く地名があるのはなぜでしょう? そう思って調べてみると山梨県には他にも「塩山(えんざん)」という地名があり、、同じく海のない長野県にも「塩尻(しおじり)」「日出塩(ひでしお)」などがあります。逆に海の近くには「塩」の付く地名って少ないような気がします(調べ尽くしたわけじゃないですが)。やはり海から遠い地域の方が、なかなか手に入らない「塩」の重みを知っているのではないでしょうか。ただの推測ですが、こんな事を考えながら歩くのもまた「いとをかし」ですね。

 いったん道は富士川から離れ、右手へ曲がっていきます。波高島(はだかじま)駅からは西八代郡下部町。有名な下部温泉郷はこの次の駅です。この温泉郷は四方を山に囲まれ交通を完全に遮断した、まさに秘湯。日本にはまだこんな秘境が残っていたんですね。下部温泉郷に泊まったことはありませんが、いつか一度は行ってみたい温泉郷です。今回はそれを右手に眺めながら、その先の市之瀬駅まで歩きました。

 30q以上も歩いたにも関わらず、足はまだまだ大丈夫です。しかしこの身延線は列車本数も少なく帰りの電車の時間も気になり始めていたので、今回はこの駅を終着地としました。市之瀬駅は下部温泉郷と同じく四方を山に囲まれた秘境にありますが、交通量が多い国道から離れている分だけさらに静かです。人の気配は、これはもうまったくありません。駅の前にはどこかの石材店の石像(七福神、招き猫など)が無造作にたくさん置いてあり、何だかちょっと気味が悪いです。

 次回はこの石像の脇の上り坂を上り、小さな山を越えて市川大門町へ向かいます。

 


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