第70回 木之本(滋賀県伊香郡木之本町)→垂井(岐阜県不破郡垂井町)

平成15年2月11日 曇りのち雨 40.4q 9時間40分

視界不良

 木之本から岐阜県へ戻る、これは結構大変です。ルートはいくつか考えられますが、いろいろと下見をした結果、第5回の旅でウォーキングをあきらめた「木之本〜関ヶ原」のルートを選びました。ここは伊吹山のふもとを歩くルートで、距離的には木之本から岐阜県への最短ルートになりますが、ほとんどの部分で歩道が無く、かなり危険なルートでもあります。

 出発時の天気は限りなく雨に近い曇り。天気予報によればまず間違いなく雨になるだろうということで、傘を手にし、濡れるのを覚悟しての出発となりました。

 木之本という地は湖北地方の交通の要衝です。鉄道こそ北陸本線においてただの通過駅となっていますが、道路(街道)に関しては東西南北と南東から幹線道路が集まってきています。まず西から来るのは、前回歩いた琵琶湖北岸からの国道8号線。この国道は福井県の敦賀の方へつながっていきます。そして北から来るのは「北国街道」と呼ばれる山越えの道。冬場は完全に雪に埋もれてしまうこの道は、余呉湖・今庄から福井へ抜けるルートです。これに対して南から木之本へ来るのは、米原から走る国道8号線。京都から琵琶湖の東岸を走り通してくる大きなバイパスです。東から来るのは岐阜県揖斐峡から八草峠を越えて来る国道。最近ではトンネルが整備されて快走路になりましたが、10年ほど前まではこの道はとんでもない山道で、大学時代にドライブした時には軽自動車だったにも関わらず立ち往生してしまったほどでした。

 そして南東から来るのが、関ヶ原からやって来る、今回歩く予定の国道365号線です。雄大な伊吹山は晴れた日にはきれいに見えますが、この日は前述のように曇りだったので頂上まではとても見えませんでした。そんな中、岐阜県を目指して意気揚々と出発! 高月町の阿弥陀橋の手前でスタートからの1450qポストを迎えました。さぁここからが今回の踏ん張りどころ。

 伊吹山が段々と近付いてくるのが分かり、本当にその足下に到着する頃、とうとう雨が降り出してきました。と思っているうちにすぐに本降りに。仕方なくちょっと小休止し、コンビニでおにぎりを買って軽くブランチを取りました。でも雨はまったく弱まる気配はない…。

 仕方ない、傘を差して歩くしかないか。頑張りましたよ、とにかく。しかし、トラックもひっきりなしに走り、路面の雨を空中にはじき飛ばし、そのたびに目の中に汚い雨水が入る。とうとう目が痛くなってきました。気温もどんどん下がってくるし、そんな折りにトラックの運転手などが利用するようなちょっと小汚い(失礼!)定食屋を見付けました。ここはいったん休もう。そして何か温かい物をお腹に入れよう。

 うどんを胃の中に流し込むと、ようやく生き返った気がしました。中年のおばちゃんが二人で切り盛りしている感じの店で、常連のトラックの運転手らしき人たちがタムロしていて、その方たちにおばちゃんたちが「いつもありがとね」とか言いながらチョコレートを配っている光景を見て(そう言えばバレンタインの3日前か)、心も温かくなりました。さぁ、一息ついたら僕はここから後半戦だ!!

 外に出ると雨はいったん小降りになっていて、傘は必要なくなりました。おかげで視界も広くなり少し安全になったなぁ、と思っていると…。左手の伊吹山の方からサーッと霧が下りてきました。これはもう肉眼で見ても動きが分かるほど、下界に迫ってくるようにものすごい勢いで広がってくる。こんなに濃い霧がドライアイスのように広がってくると本当に怖いです。すぐ目の前の電信柱すらまったく見えないくらいになってしまいました。こりゃ、走ってくるトラックから僕の姿は絶対に見えないぞ…。やばいなぁ…。

 車が来るたびに道路脇に立ち止まりながら、接触事故もなく歩ききったのはまさに奇跡かも知れません。走ってくる車のほとんどがちゃんとフォグランプ(霧灯)を点けていてくれて本当に助かりました。

 最後は道に少し迷いながらも何とか伊吹町から岐阜県関ヶ原町に入ることができました。岐阜県を歩くのは第45回の旅における古虎渓以来です(その日も曇り雨でした)。相変わらずパッとしない天気ですが、この辺りまで来た時には霧はなくなっており、歩道はないもののまずまず安全に歩くことができる状態になっていました。

 道の脇に「ここから岐阜県」と書かれた看板を見た時には何だか本当にホッとしたものですが、前にも書いたとおり関ヶ原も合戦の地として有名な土地ですから、昼間とは言えこんな曇った天気の日にはやはり不気味な雰囲気が満点です。今回歩いた道沿いには関ヶ原鍾乳洞の入り口、古戦場、ウォーランド入り口などの「暗い」イメージの観光地もそろっており、古戦場ののぼり旗を見ると兵士たちの戦う声が聞こえてきそうな気がします。前回の旅から何だかこんな話題ばかりが続いていますね。

 第4回の旅では南の養老方面からやって来た関ヶ原西町の交差点に、今回は北からアクセスし、関ヶ原駅はもう目の前になりました。しかし、ここでふと思いついたのです。実は最初のマイルールにこんな条項があったのです。

 「自分の家(豊川御油)以外のいったん終着地点にした駅・バス停は、二度と終着地点にすることはしない」

 つまり、第4回の旅で「関ヶ原」を終着地としているのだから、今回はもう「関ヶ原」を終着地とすることはできないのです。ということはもう少し頑張って次の駅まで行くしかないということですね。次の駅はJR東海道本線の垂井駅。

 まぁずっと国道21号線沿いを歩くわけだから、トボトボと歩いていればそのうち到着するわけですけど、疲れていることもあってここは遠く感じました。見所としては旧中山道に建っている垂井一里塚。往時のままの一里塚を見ると、何だか僕もその頃の旅人になったような気がします。

 垂井駅に着いた頃はもう夕方の4時30分。40q以上を久しぶりに歩ききり(40q越えのウォーキングは第16回の旅以来2度目です)、雨の影響もあってか靴がボロボロになってしまいました。底に穴が開いてしまったのか、靴下も気付くとビショビショでした。はき慣れた愛着のある靴だけに、次回も使えるかどうか心配になってきました…。寒さと疲労でくたくたになった身体に駅の売店で買ったホワイトチョコレートを提供し、しばらく駅でボ〜ッとして今回の旅を終了しました。

 次回は連続30q以上5連続の5回目、愛知県に入り、西尾張の稲沢に到着します。



第69回へ←   →第71回へ

伊勢神宮・東本願寺参拝の旅トップへ戻る
旅のページトップへ戻る